here and there.
Category:Memento |
2015/08/07
高級なものを手に入れたり、特別な待遇を受けたり、そういったことで満たされるものは確かにあるのかもしれない。それはそれとして、ごく普通の日常に潜んでいる自分にしかわからないような琴線に充足を見出だすのもなかなか悪くない。
例えば、福沢諭吉が軽々飛んでいく店で上質なものをほおばる日もあれば、野口英世1枚でおつりがくるような汚い店でしっぽりやる日もあって、その両方とも形は違えど楽しめればそれに越したことはない。兎にも角にも大切なのは、自分を満たしてくれるものはなんなのか意識することである。他人から羨望されることが喜びだとしても(個人的にはあまりそういうことで自分を満たす人は苦手だけど)、まあ特に問題はない。ただし、その限定された枠の中だけの基準を何もかもに当てはめてしまうのはもったいない。多様な価値観を認めるみたいな言説もそりゃ重要だけど、自分自身を多様化させていかなきゃどこかで行き詰まってしまう気がしないでもない。
目を凝らせば大抵そこには面白がれる要素がある。と同時に、それでもどうしても果てしない悲しみが広がっている場合もある。それがまたとても難しいのだけれど。