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Every cloud has a silver lining.

as far as she can see

ランニングも革靴の磨きも珈琲豆の焙煎もドリップも、考えてみると全て自分の内側と向き合う行為だ。あまりにそれを求めすぎている気もしてきた。
仕事以外で色々な友人・知人に会うこともほとんどない。定期的に会うことが友人の定義ならば、僕にはごく少数の友人しかいないことになる。(会わなくても連絡をとらなくても自分が友人だと感じていれば、それが友人だと思っているが。)

上の文章を書いて寝かせていた1ヶ月の間に、高校時代からの付き合いの友人から久しぶりに連絡が来た。沖縄で働くことになったと。その土地に住んでいるわけでもないのに、節目で連絡をもらえるのは嬉しい。何かこう信頼されているようで。相変わらずの行動力への尊敬とともにそんなことを思った。

忙しくなり、その分他者とのいざこざも増え、持っていきようのない感情が自分を満たしてしまい、溢れ出ないように少しずつ排水溝に流す行為を繰り返していた。でも感情の肥大化のスピードが速くて、なかなか流れ落ちていかなかった。
どうにかしなきゃと自分を奮い立たせて夜半に走った。全然気分も乗っていなかったので、走り始めは短い距離でもいいやと思いつつ、暗闇に身を溶け込ませていく。普段より少し大きく見えた半月にできるだけ意識を集中した。余計なことをできるだけ取り除くように。いつの間にか負の感情が占める割合が随分と減った。(また同じようなことが起こるとしても少なくとも現時点では)過ぎ去ったことにくよくよする必要なんてないんだと自然に思えた。
結局いつも通りの10kmを走りきったときには落ち込めるほどの余裕がなくなっていた。クールダウンにより呼吸を整え身体を通常モードに戻していく。心地よい疲れに浸る心はとても穏やかだ。
具体的な何かが解決したわけではない。むしろ周りの状況は硬直しているようにすら思える。変わったのは僕の捉え方だけだ。でもそれが何より重要な気がする。そう簡単にシステムや体制や他人の性格を変えることなんてできないのだから。
その後も好ましくないことはあったけど、今のところそこまで沈まずにやって来れている。「やり場のない気持ちは、体を虐めて汗と一緒にその辺へ垂れ流せ」これが身をもって得た教訓だ。

自分には色んなものが不足している。それでも、

粛々と。淡々と。着々と。

Mt. Takekawa

モロッコから帰国。旅行中の話はまあ色々とあるのだけれど、なんというか30年以上の積み重ねた「自分」という存在はそんなに簡単に変わるものじゃないと、何もかもが違う場所から戻ってきて(いや旅行中から)感じている。
旅行記は手書きで残しているが、それをここにまとめるかどうかは悩み中。その前にポートランドを年内で終わらせるのが目標だ。(旅行は2年前。。)

大小あれど、日々マイナス方向へ感情が振れる。自分の場合、それを外に吐き出すか内で無理矢理消化するかでいうと、後者の方がストレスを溜めない気がする。言えば言うほど苛立ちや落ち込みの量が増えるし、後にも引きずるような。そういうことに気づいてからは、表面上いかに淡々と動けるかを実践している。行動から心理をコントロールするみたいな感じで。

とても漠然とした言い方だが、最近はこれは手段だなと思うことが多く、じゃあ目的は何かと考えるとなかなか難しい。ゴールを意識することが(自分にとっては)とても難しくて、過程の比重が増している。その積み重ねでいきなり霧が晴れて「あれがゴールだ」と感じられる瞬間がやってくるのかもしれない。現時点では「あそこを目指そう」という『あそこ』がいくら目を凝らしても見えそうにないのだから、それに期待するより仕方がない。

粛々と。淡々と。着々と。
(これは決して悪いことではないと思う。)

here and there.

Mt. Warabi

高級なものを手に入れたり、特別な待遇を受けたり、そういったことで満たされるものは確かにあるのかもしれない。それはそれとして、ごく普通の日常に潜んでいる自分にしかわからないような琴線に充足を見出だすのもなかなか悪くない。

例えば、福沢諭吉が軽々飛んでいく店で上質なものをほおばる日もあれば、野口英世1枚でおつりがくるような汚い店でしっぽりやる日もあって、その両方とも形は違えど楽しめればそれに越したことはない。兎にも角にも大切なのは、自分を満たしてくれるものはなんなのか意識することである。他人から羨望されることが喜びだとしても(個人的にはあまりそういうことで自分を満たす人は苦手だけど)、まあ特に問題はない。ただし、その限定された枠の中だけの基準を何もかもに当てはめてしまうのはもったいない。多様な価値観を認めるみたいな言説もそりゃ重要だけど、自分自身を多様化させていかなきゃどこかで行き詰まってしまう気がしないでもない。

目を凝らせば大抵そこには面白がれる要素がある。と同時に、それでもどうしても果てしない悲しみが広がっている場合もある。それがまたとても難しいのだけれど。

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