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制約をトリガーにして。

Renovation_170204
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工事中の新居は、訪問しなくても1枚の写真を見れば大体のことが把握できてしまうかもしれない。でも大体のことしか把握できないとも言える。かなりきわきわの(普通だったらアウトだろう)寸法だったり、なぜか扉が2つある寝室だったり、たくさんの「少し変」が詰め込まれていて、一言では表現が難しいなんとも掴みにくい家になると思う。一目でわかる新しいことがあるわけでもなく、かといって単にオシャレだけで終わるような感じもしない。この家に足を踏み入れたら、「(良い意味でも悪い意味でも)なんか面白いね」と言う人が多い気がする。
きっとそれは暮らしに対する純粋な欲求に拠るところが大きい。制約の中で突き詰めざるを得なかったわけだけど。この意見は負け犬の遠吠え的に捉えてくれて構わないが、床面積に余裕のある豪邸は空間的な贅肉が多いなと感じることが多く、だれずに暮らしへフィットさせることが難しくなると常々感じている。子どもが走り回れる方が良いみたいな全然別方向からの視点もあったりするので、一概に贅肉を削ぎ落としていけばそれで良しというわけではないんだけどさ。
1つ前の記事で個室の必要性を問うようなことを書いた。でも決して個室をなくせばよいと思っているわけではない。ただ、部屋数を指でカウントすることから家づくりを考えるべきではないと思っている。どんな性格でどんなライフスタイルの人達が集まって住むことになるのか。そのためにはどんな場所が適切なのか。そこが出発点なんじゃないかと。

現実的な調整もしつつ、こんな変なことを考えながら家に住み始める日を心待ちにしている。(住み始めてから半年くらいしないと、それなりの家の状態にならないと思うけど。)

光と個室と活動の関係性。

新居には2つの開口部(窓)しかない。しかも家の南側に集まっている。それに対し現在の住居は細かいものも含めると6つある。一般的には外からたくさんの光を取り込めることが望まれると思うし、基本的には僕も同様のスタンスだ。普通に考えれば2つしかないことはネガティブな要素であり、いくらリノベをしようとも後からはどうにもならない条件の1つなのに、なぜかそこで歯止めがかからず(むしろそんなことあまり話題にもならず)購入を決めていた。それ以外の要因が強くて決定したわけだけど、実際に窓が少ないことがそんなにマイナスなことであるか考えてみた。

single and sunny-01

なぜ窓が必要か、風(換気)や景色といった側面もあるとはいえ、やはり光だろう。(ちなみに新居の2つの窓はLDKにしか面していないPLANだ。)日没後はランプに頼るし、活動していないとき(寝ているとき)にはほとんど光を必要としない。昼下がりの明るい中、ベッドでする昼寝も最高だけど、まあソファで代替可能とみなせるかな。
上の図はそういった視点で検討し、最も日照時間の長い夏至の1日を対象として、個室・LDK・会社のどこで過ごしているか、そして睡眠中か活動しているのかを整理してみたものだ。
まず平日に関しては、光の射し込む個室が必要ないと言ってもよいレベル。寝室で朝起きたときに真っ暗なのは嫌だけど、新居では室内窓で対応する予定である。
問題は休日。何をするにもほとんどリビングで過ごすスタイルなので、そもそも個室自体が必要ないが、それを言い出すと話が終わってしまうので、仮設定として家で一日中過ごし仕事等の作業をする日を想定してみた。個室の方が集中できると思うし、日中であれば当然日光が入ってくる方が良い。その場合、最大5時間、日光の入る個室が必要なことになる。平均すると月に一度こんな日があったとしても年に60時間。8760時間のうちの60時間。それくらいならLDKで多少我慢しながら作業したり、図書館やカフェに行ったりと、いくらでも対応できそうだ。

むしろ一番の問題は子ども部屋だ。寝室を譲ったりロフトを活用したりすればなんとかなるのではという想いはある。まあそれはその時が来たときに、引っ越すべきかどうか考えよう。少なくともまだ10年以上は先のことなので。

今回こんなことを考えたのは、決してポジティブなところから始まっているわけではないけど、自分達の暮らしに本当に必要な家はどんなものか再認識できた。僕は顔の見える場所でそれぞれが別のことをしているような都市的な状況が好きなのだと改めて思った。

temporary praying interspace

Renovation_161203
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ただ壁であり床であり天井であるものに囲まれた空間は宗教性を帯びると知った。祈りの空間。比較は失礼にあたるかもしれないけど、ルイス・カーンを想起した。(って言っても実際に空間を体験したことはないんだけど、学生時代に疲れ果ててうとうとしながら映画館で観たマイ・アーキテクトではなんらかの神聖なものを感じた。)そして長い年月を経過して少し朽ちた素材で構成されていることもまた何とも言えない趣きを醸し出していた。
毎週のように現場へ顔を出していると、住むための要素がその度に付加されていく。暮らしは根源的な美しさだけでは成立しない。僕が実際に訪れた最も美しい建築はバルセロナ・パビリオンだと思うけど、あれはあらゆるものを削ぎ落としたモデルでしかないものだし。
このリノベーションが完成したらそれはもちろん感動するのだろうけど、解体後の一瞬だけ現れた住めやしない神秘的な空間を肌で感じられたことは貴重な体験であった。

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