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夜に背中押されて。

Nakameguro, Tokyo
Nakameguro, Tokyo

週末、高校時代の友人の結婚を祝いに京都に行ってきた。披露宴は平野神社での花見。常識に囚われない彼らしい選択だ。
高校時代の友人はもう一人来るはずだったのだが、近親の健康状態が悪化したらしく、急遽欠席するとの連絡が入る。そういうわけで知り合いは皆無。妻が帯同してくれていてよかった。(僕らの結婚式の乾杯の挨拶をしてもらった経緯がある。)
特に結婚式らしいことは何もなかったけど、こうやってよくわからず飲むなんて機会がこの先そんなにあるわけでもないので、存分に楽しんだ。
祝いの品として、新宿伊勢丹で買っておいた大吟醸(桜川)と台湾で買って持て余していたからすみを持参。自ら持ち込んでおいてあれだけど、このお酒はとてもおいしかった。また買いたい。

酔いが回っていたこともあり、二次会はパスした。少しホテルで休んで、夜の京都に繰り出す。しばらく歩いていると、僕が建築の道を目指すきっかけの1つであるTimesが目に入る。高校の修学旅行で近くに泊まっていて、まじまじと見たわけでもないのに、その建物がとても印象に残っていた。水と建築と関係に、大きな可能性のようなものを感じたのだと思う。大学に入り、有名建築家の作品だと知ったのは、もっと後のこと。(建築のことなんて何も知らない時代に、それだけ印象に残るなんて未だに不思議だ。)
珈琲を飲み、小腹をカレーうどんで満たしホテルへ戻る。

翌日は観光や買い物をして、夕方の新幹線に乗り東京に戻った。仁和寺の御室桜に酔いしれた話なんかは写真を現像した際にでも。

何か機会がないと行こうとは思わないだろうけど、短期間の旅もなかなか悪くないと改めて思った。口実を作って、またこういう旅を積み重ねていきたい。

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写真は全く関係のない中目黒。夜の写真はイメージを解放し、夜の思考は闇に浸透して広がる。

留まれない、動いている。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 / 村上 春樹

これまで、新刊が出ても文庫になるまで待つことにしていた村上春樹。なぜか今回は発売日に買ってしまった。
理由の1つは、ページ数がそんなに多くなく、あっさり読めそうなこと。もう1つは、リアルタイムに読むことの意味を探りたかったこと。(ターニングポイントとなる現代の出来事を、物語により直接的に取り込むことが多くなってきていることもあって、そういう考えに行き着いたのだと思う。)

発売から日が浅いことも踏まえ、以下たたむことにする。(僕の感想がネタバレしてるかどうかは別として、先入観をもってこの本を読みたくない人もいると思うので。)

(さらに…)

飛ばせ想像を。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 / 伊藤 計劃

テロの時代に、その脅威から身を守るため徹底された情報管理。この本の設定に対して、うまく規定できない余白が人の幸せと密接に関わっているのではないかとそんなことを思った。そしてまた、誰でもない何にも縛られない個としての時間の必要性も感じた。

体の外側の悲劇と内側の悲劇。幸福な時代の不幸な人間、あるいは不幸な時代の幸福な人間。価値の基準が生まれ変わっていくかもしれない。

つらつら書いた文章は別にこのSF小説の内容にそこまでリンクしていないだろうけど、小説のもつ想像力に影響されて書いているのだから、感想と言えなくもない。

著者が若くして亡くなってしまったのが惜しい。

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